~ 本場のティータイムを、岡崎で ~
イベント開催報告
◆2026.2.21 Keswickテーマトーク
 〈「コミュニケーション」をテーマに語り合いましょう〉
スタッフ合わせて4名での開催となりました。それぞれの体験談から始まり、かなり深いところにまで話が及びましたが、とても有意義な内容となりました。
■目次
それぞれの体験談から
家族
コミュ障
ひきこもり
手を出さないこと
【それぞれの体験談から】
春名「コミュニケーションとはつまり人間関係ですが、人の悩みの9割は人間関係だと言われます。僕はこうしてお客様仕事をしていますが、コミュニケーションは苦手なほうなんです。友達付き合いは年に数回程度で、年賀状も書きませんが、それで不自由はしません」
Nさん「私は外見的には付き合い上手に見えますがそうではなくて、数年前に調子を崩したこともあり、その時期があって今があるという感じです。人間関係はやはり、家族の影響が大きいと思います。父親を亡くしたり、いろんなことが重なるなかで、自分の考え方の癖もわかったりしました」
春名「僕も精神的に落ちたことはあります。人との関係には自分自身のあり方が反映されますね。人は自分を映す鏡、と言われますが、正に自分の受け止め方次第だと思います」
Tさん「むかしの職場での話ですが、二人きりで仕事をしていたことがあって、その人が全くコミュニケーションを取らない人だったんです。昼食は一緒に取るんですが、話はしません。後になって、忙しい時期に私が風邪を引いて休んだことが原因だとわかったんですが、すごく居心地が悪くて、辛い時期でした」
Nさん「私は、最初に就職した時にすごく厳しい先輩がいて、その人が辞めたらさぞ嬉しいだろうと想像していたんですが、実際に辞められた時には、その人に教えてもらったことがたくさんあったんだと気づきました」
春名「僕は職場では積極的に話そうというタイプではなかったので、怖い人とかとっつきにくい人と思われていたかもしれません。ただ思うのは、すごくコミュニケーションが上手い人が、すごく仕事ができるわけでは決してないということです。また、コミュニケーションを円滑にするためにプライベートでも仲良くすべきという人がいますが、僕はそれにも納得できません。仲良くなると、厳しく言わなければいけない時に言えなかったり、デメリットも出てきます」
Nさん「なあなあになりますもんね。友達との線引きは大事です」
あでりー「私は会社員時代、一つの出来事でコミュニケーションが一変した経験を何度もしました。最初に勤めた会社で、3年上の先輩と中途で入ってきた男性がすごく仲良くなったんです。男性は現代っ子なのか、何でもその先輩にお願いして、先輩はそれを何でも聞いてしまうという状況でした。私はそれに疑問を感じていて、私が彼に普通に依頼したことでも彼はきついと感じたようで、私が悪者になってしまい、今度は私と先輩ともぎくしゃくするようになりました。その後、先輩が寿退社することになり、状況は一変しました。
 それから私が辞める時のことですが、新人に業務を引き継ぐためにいろいろと教えていたんです。私はその人が困らないようにと必死で教えていたんですが、後で別ルートで聞いたら、その人はなぜ自分にだけこんなに厳しいのかと思っていたんです。今だったらパワハラと言われてしまうかもしれませんね。そうやって、みんな仲良くうまくやっていきたいという気持ちは一緒なのに、なぜこんなにすれ違うんだろうと思うことがよくありました」
春名「会社はいかに仕事をうまく回すかが最重要事なので、コミュニケーションは大事だけれど仲良しクラブではないんですよね」
あでりー「そういえば最近、マルハラという言葉を初めて知りました。上司から部下にラインで指示をする際、文末に句点のマルをつけたら、『それってマルハラですよね。威圧感を感じるからやめて下さい』と言われたそうです。あまりの感覚の違いに、衝撃を受けました」
春名「僕が思うのは、悪い上司もいれば悪い部下もいる、ブラック企業もあればブラック社員もいる、ということ。僕は仕事のパートナーを見つけるため面接をすることがあって、事前に時間と場所を決めて、その日にそこに行ってみたらその人が来ず、連絡も取れないということが何回もありました。会社でも、人の上に立つような立場になると、人はいかに楽をしていかに儲けるかばかり考えているのかがよくわかります。
 今は、『どんな考え方があってもいい、どんな行動があってもいい』という具合に、『何でもいい地獄』に陥っている気がします。もちろん自由は必要ですが、ある程度、『会社に入ったらこうするもの』という規範があったほうがスッキリする気がします。例えばさっきのマルハラであれば、会社の文章にはマルを使ってよい、としてしまっていいんじゃないでしょうか」
Nさん「そうしないと、何でも言ったもの勝ちになりますね」
春名「セクハラもそうですが、今は線引きが難しいですね。もちろん、体を触ったりするのは論外ですが、単なる言葉だけでセクハラになるのは大変です」
Tさん「結婚したかどうかも聞いちゃいけないとなると、何も会話ができなくなりますね」
あでりー「会社の飲み会でも。今は30分宴会というものがあるようです」
春名「コミュニケーションの中で、少しでもマイナスの要素があれば、そのコミュニケーション自体をなくそう、という動きがありますね」
Tさん「私もいろんな仕事をしてきて、コミュニケーションについての考え方の変遷も見てきましたが、昔のほうが良かったような気もします」
春名「コミュニケーションで傷つく人もいますが、だからと言ってコミュニケーション自体をなくしてしまうと、人と人との温かい交流もなくなってしまいます。今はそういう方向ですね」
あでりー「人間は社会的な生き物なので、絶対に誰かと関係しないと生きていけないと思います」
【家族】
Tさん「コミュニケーションでいちばん難しいのは、家族との関係ですね。会社は辞められますが、家族は辞められません」
春名「僕も、家族だって大事な人間関係だといつも思います。僕は18歳で一人暮らしを始めました。やはり親からいろいろ言われるのが嫌で、一人暮らしは楽しかったです。僕は酒をほとんど飲めないんですが、帰省すると父親から『これくらい飲めよ』と言われるのも嫌でしたし、会社を辞めてからも、僕のやりたいことを否定されたりして、一時期は本当に疎遠になりました。その後、結婚してからお互いに丸くなり、数年前に父が病気になってからは、闘病の過程で家族の関係がすごく密になりました。姉とはもう10年くらい会ってなかったのが、今は帰省するたびに都合を合わせて会うようになりました。
 会社でも家族でも、あまり深くなりすぎるとドロドロになるので、ある程度距離があったほうがうまくいくと思います。僕も今は母親ともいい関係なんですが、たとえばこれが一緒に住むとなったら、また全然違ってきます」
Nさん「うちは、両親が弟と二世帯住宅で暮らしていて、私はその近くに住んでいます。弟とはそれほど話さなくて接点もないので、めったに会わないです。もともと私は、両親と一緒に母方の祖父母とも暮らしていて、あまり会話や交流のない家族でしたし、それが普通だと思っていました。父親も遠慮していたように思いますし、祖父母は仲が良くありませんでした。最近、母と話をしていて、当時のことをいろいろ知らされます。父が亡くなった時には、最後は自宅で過ごせて、亡くなる少し前に金婚式を祝ってあげたのが良かったと思っています」
あでりー「私は訪問看護師の仕事もしていましたが、病院で亡くなる人に比べて、在宅で亡くなる人はぜんぜん表情が違うんです。大変なことはあったでしょうが、お父さんはすごく喜ばれていたと思います」
春名「うちも、父親は最後の二カ月ほどは家で過ごしました。緩和病棟から退院する際、母と二人暮らしだったので、最初は母は自分一人では無理だと言ってたんですが、あるとき母が、やっぱり自分でみると決意して在宅介護になりました。それから二カ月、訪問看護も併用しながら、母がしっかり父の介護をまっとうしました。父は亡くなる直前、みんなにありがとうありがとうと感謝しながら、穏やかに亡くなっていきました。ただ、うちの両親はすごく仲が良かったので、そのぶん心配でした。母にとって、いちばん大事な父が徐々に衰弱していく姿を見るのは辛いだろうし、亡くなったら母がどうなってしまうのかと思っていましたが、最後までしっかり看取って、亡くなった後も大きく落ち込むことはありませんでした。その姿を見て、父も母も本当にすごいなと思いました。だから僕は血の繋がりということを全く信じていなくて、夫婦のつながりのほうがよほど強いと思っています」
Tさん「不思議ですよね。ご縁というしかありません」
春名「親子だと、結婚すると離れてしまいますし、どうしても上下関係になってしまいます。夫婦は普通、いちばん長く一緒に生活する、対等な関係だからですかね。
 僕とあでりーの話をすると、僕が仕事を辞めて無職の頃、ペンギンアート展という、ペンギンに関する絵や造形物を展示するアマチュア主体の展覧会があり、その時に一緒にスタッフとして働いたのがあでりーでした」
あでりー「ペンギンアート展はもともと芦屋で開催されていたのが、その年は名古屋で開催されることになったので、絶対に行こうと思っていました。そして、そのスタッフになる人なら絶対にペンギンが好きだろうと思って、会社に休みをもらって行きました」
Nさん「人の出会いって不思議ですね。少しでも何かが違っていたら出会っていないわけですから」
あでりー「私達はふだん、それほど趣味がすごく合うということもないんですが、好奇心はどちらも強くて、とりあえずやってみるという感覚は同じですね」
Tさん「好奇心って大事ですよね」
Nさん「私は高校の家政科を出て、お菓子の専門学校に入りました。それからケーキ屋さんに就職したんですが退職し、そのあと入った会社の近くにあった喫茶店で働いていたのが今の主人で、喫茶店の店長さんが紹介してくれました。主人は英語が好きで大学に行ったんですが中退し、その後、旅館で住み込みの仕事をしていた時にその喫茶店の店長と出会ったらしいです」
Tさん「不思議な縁ですね。私の場合、母の職場で背中合わせの席にいたのが今の夫でした。お昼ご飯に出前を取るんですが、彼はいつも力うどんを頼んでいて、母はそれがずっと気になっていたらしく、母が彼を家に呼んだんです。その日、たまたま私は初釜のために着物を着ていて、それで騙されたらしいです(笑)。その前年の11月に出雲大社に行って、お参りをしたご利益があったかもしれません。1月に初めて会って3月に婚約し、5月に結婚しました。当時、私に縁談が来てどうするか決めないといけなかったり、なぜかいろんな状況が重なったんです」
あでりー「私は、夫と知り合った年に3回おみくじを引いたんですが、ぜんぶ大吉で、待ち人来たる、でした」
Nさん「私は、結婚した後もそれほど会話がなくて、それもどうかと思ってある時、あいさつくらいはしましょう、ということになりました(笑)」
春名「うちは子供はいないんですが、Nさんはお子さんとの関係はどうですか?」
Nさん「自分と似ているので、わかる部分もあるし難しい部分もあります。やはり心配なので干渉することが多かったんですが、ある時それをやめてからは、自分も楽になりましたし、反抗もそれほどではありませんでした。まあ、子供の本音は違うかもしれませんが」
Tさん「いいところに収まった感じですね」
春名「僕も子供の頃は、自分からすすんで親に話はしなかったですね」
【コミュ障】
春名「僕が会社にいた頃はコミュニケーション上手な人が最強という雰囲気があり、おとなしい人間は評価が低くて、ずっと苦々しく思っていました」
Tさん「職人タイプの人は、そんなに喋らないですよね」
春名「そういう人に無理やり喋らせようとはしなくていいと思います。最近はコミュニケーション障害、コミュ障という言葉もよく聞きますし。ただ、社会的に認められたぶん、その言葉に逃げ込む人がいる気もします」
あでりー「体の不調も病名がつくと安心するのと同じですね」
Tさん「私の夫は、仕事のコミュニケーションはうまくやっていましたが、親友はなかなかできませんでした。なにかあっても相談できる人がいないので、そういう部分もあったらよかったなとは思います」
春名「結局、正しいコミュニケーションができている人は少ないと思います。コミュニケーション=友達を作ること、ではないですし」
あでりー「関係を円滑に保つ道具、というか。今は、世間話をする相手はいても、真剣に相談できる相手がいない人が多い気がします」
春名「最近は、真面目恐怖症というものがあると思っていて、自分が真面目だと他人から思われることを極端に避けようとする傾向がある気がします。真面目すなわち面白くない奴、というレッテルになるのか、『あいつ真面目だなあ』という言葉は悪口として使われます」
Nさん「自分はどちらかというと真面目なほうで、きっちり何でもしたがる傾向があり、人がちゃんとしてないことがすごく気になります」
春名「僕は昔から自分に自信がなかったので、人からの言葉に必要以上に過敏になり、それがコミュニケーションに影響していたと思います。それから会社にいると、『出る杭は打たれる』の原理で、誰かが真面目に頑張っていると、その他大勢の真面目でない人から疎ましがられる、ということがありました」
あでりー「私が昔いた会社では、いくつかの派閥がありました、基本的に私は権力の低いグループに属していて、そこでは割とみんな仲良く過ごしていました。一度、強いグループに入ったことがありましたが、性に合いませんでした」
Nさん「私も、学校時代にはいろんな派閥やヒエラルキーがありましたが、すごく苦手でした。だから私は、女性同士よりも男性の中にいたほうが楽でした」
【ひきこもり】
春名「いま、ひきこもりの人に対して、『それでもいいじゃないか』とそのまま放置するのがよしとされていますが、僕はそれもどうなのかなという気がしています。学校っていろんな人が集まって大変だけれど、やっぱり若い時期にそういう場を経験する良い機会でもあると思うんです。もちろん、無理矢理に引っ張り出すのはいけないですが、人とうまくコミュニケーションをとろうとするなら、実際にそういう場に出るしかないと思います」
あでりー「8050問題という、80代の親が50代の無職や引きこもりの子どもを支える、という問題が正にそれですね。身近な人でもそういうケースがあります」
Tさん「私の知り合いでも引きこもりの人がいたんですが、その後結婚して、畑作業をしているようです。今は幸せそうなので良かったと思っています。それまで家族は大変だったでしょうけど」
あでりー「不登校の子でも、引きこもっている時期のどこかで、『そろそろ行っても大丈夫かな』というスイッチが入ることがあるそうです。そうすると通えるようになるので、準備期間が必要なんだと思います。ただ、それを待つしかないということになると、もう何十年もスイッチが入らない人はどうするんだろうとも思います。以前、テレビのドキュメンタリーで、引きこもりの人とどんどんコミュニケーションを取って社会に戻していく、という番組がありました。今はその町が国のロールモデルになっているようです。そういう動きが広まっていくといいですね」
春名「アメリカにはプリズン・ドッグという試みがあって、受刑者に保護犬をあてがい、犬をしつけさせるんですが、その過程で受刑者自身が人間の温かみを知り、社会復帰のきっかけにするというもので、すごくいい制度だと思います。
 何か無理矢理にでも、人と一緒にいるという状況に放り込むことでコミュニケーションを取るきっかけになるのかもしれません。やはり、人と人が同じ場にいることはすごく大事なことだと思います。以前、コロナの時期にオンライン読書会を開催していました。画面越しながら、やっていること自体は何も変わらないのに、リアルな読書会とぜんぜん違いました。やはり、リアルに同じ場所に集まって語り合うことには大きな意味があると思います」
あでりー「一緒にいるだけでいいんですよね。私の母が亡くなる前、姉が母の病室に来たんですが、もう話す体力もなくて、寝ている母のそばに姉がただ座っていたんです。でも姉は、それで気持ちの整理がついて納得したようで、それが最後の別れになりました。ただ一緒にいるということが、二人のちゃんとしたコミュニケーションだったんですね。だから、言葉ではないんです」
【手を出さないこと】
春名「たとえば夫婦の間でも、自分はこうしてほしいのに相手はなぜそうしてくれないのか、と思って苛立つことがあります。でもそのたびに、人はそれぞれの考えで動いているから、決して自分の思い通りに相手は動かないんだと思うようにしています。それはお互いにそうなんですよね。それから、相手に何かを『してあげよう』と思ってやったことは、たいてい失敗します。それで、『せっかくやってあげたのに』となってさらにこじれたり」
Nさん「相手に期待してしまいますからね。私は、子供に対してそうでした」
春名「思春期の子供は、自分のことは自分でできるということがアイデンティになっていくので、そこで親が何か手を出してしまうと、『あなたはまだこれをできないでしょ、だから私がやってあげる』という意味になってしまい、子供は『自分でできるよ』と思って反抗するんだと思います」
Nさん「本人にしたら自分でできることを、先回りしてやってしまったり。しかも、何かをやってあげた、という満足感もあるんですよね。それは本当に良くないと思います」
Tさん「認知症の人でも、何かしてあげようとすると、『自分でできるから』という場合もありますね」
春名「介護をするような立場だと簡単ではないでしょうね。僕が認知症になったとしたら、やってもらうことは非常にありがたいんだけれど、申し訳ない気持ちもあるので、なるべく自分でやろうとすると思います。それが人間の尊厳でもありますので。身体障害者の人も同じで、手出しされることを嫌がる人も、たくさんいます。だから僕は、その当人ができることには手を出してはいけない、と基本的には思っています」
Nさん「手を出すことが親切だという固定概念がありますね。だから、道ばたで何か困っている人がいたら、簡単に手を出すのではなく、『何か手伝いましょうか』とまず聞いてみることがいいのかなと思います」
春名「僕らは、『困った人がいたら助けましょう』と言われて育ちましたが、僕は『困っている人がいても、簡単に手を出してはいけない』と思っています」